He2-59:禍点ゾンネ
親愛なる謎と、愚かなる幸福へ捧ぐ。
焼け焦げたその惑星に、生命の気配は僅かだった。
ザガートカ。
禍点ゾンネの最後の住人。
『TMA倫理協定』とは、智識管理機構であるモノリスボードが、加盟国に強いる絶対的な決まりの一つである。
空飛ぶ学園都市を擁し、数多の定点を巡り、広く知識と多岐にわたる高等技術をその集約・管理することを掲げているモノリスボードの功績により、大きく発展した文明体も多い。
彼らのもたらす智の恩恵を受けるために必要なのが、『TMA倫理協定』の締結であった。
もし、倫理協定に違反する文明体があれば、それがいかなる理由においても、モノリスボードにより『焚書』——跡形もなく焼却処分されることになっている。
禍点ゾンネは、モノリスボードによって焚書された定点であった。
今となっては、その焚書の理由を覚えているものはいない。
未だに燻り続ける焦土と、異常噴火を続けるいくつもの火山、火山灰により曇り続きの空に、沸騰した海だけが、焚書があった事実だけをただ滾々と示し続けているだけだ。
幸運に禍災を逃れた地域もごく僅かで、生命が生き続けるには厳しい環境となり果ててしまっている。
ザガートカを含めた少数は運がいいのか悪いのか、火から逃れて生き残った。
しかし、燃える定点から脱出する術もない彼らは、焼けた土地で身を寄せ合い生きていくしかない。
そんな彼らも、長い時間のなかでひとり、また一人と消えてゆき、最後に残ったのはたった一人の青年だけだった。その彼の名はザガートカ。
自分以外誰もいなくなっても、ザガートカの日々の生活は変わらない。目覚めたらまず、海辺にぬるい海水を汲みにいき、使えそうな資材が流れ着いていないか海岸を見て回る。
ろ過機を回して得られた水を狭い畑に撒いたあとは、テリトリー内の見回りをし、それが終われば根城で夜を待つだけだ。
代り映えはないが、安定した生活が続いていた。
そんなある日、ザガートカがテリトリーの見回りをしていると、聞いたことのない凄まじい轟音が、ゾンネに響き渡った。
音源を探してザガートカが空を見上げると、分厚い火山灰を切り裂いて、流星が落ちてくるところだった。
眩しい閃光は数秒瞬いて遠くの山に吸い込まれ、僅かに遅れて地震が起こる。
普段は、根城とその周辺のから遠く離れることはない。ただ宇宙を漂う石が落っこちてきただけだ。そう思うのに、ザガートカの足は流れ星の落下地点へと向かっていた。
二日ほど歩き続けてたどり着いた先にあったのは、荒廃したゾンネの風景には明らかに異質。一目で外から来たものはこれだとわかるような、明らかに人工物だった。
ザガートカ「人工衛星…?宇宙船?どちらにせよおそらくはスペースデブリの類…だろうな」
あれほどの閃光と地震を伴ったのだからかなりの速度で墜落したのだと思うが、思ったよりもその形は失われていないようだった。
根城の補強に使えそうだが、どうやって持って帰るかと頭を悩ませていると、背後から声をかけられる。
「わあ、よかったあ!この惑星にも人がいたんですね!」
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